ねているとき いがい ねむい

人には人の乳酸菌

生活は続く

お知らせです。11月24日の文学フリマ東京【ト-06】で販売される合同誌『生活の途中で』に文章を寄稿しました。以前ブログに書いた記事をベースに、削ったり書き足したりしたものを掲載いただいています。

執筆者はミワさん、こだまさん、斉藤倫さん、三浦直之さん、ヒコさん、久保泉さん、Nookさん、GAMEBOYZ(私)、表紙は西村ツチカさんです。

著名な方々と同じ誌面に掲載いただけることに驚きや萎縮もあり、こだまさんなんて『夫のちんぽが入らない』『ここは、おしまいの地』『寝ないと病気になる』『でも、こぼれた』『僕の休日は誰かの平日』を買い揃えて読み漁るほど大ファンなので、未だに信じられない気持ちでいるのですが、縁あってミワさんにお声掛けいただき、この本に参加できたことを本当に嬉しく思います。

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私も買い物客として文フリに行く予定です。よろしくお願いします。

 

こんなふうに、書いていれば、何か面白いことが起こるかもしれない。

 

先日、友達のお見舞いに行ってきました。「悪性リンパ腫」という病名を聞いてすぐにピンとこなかった自分が本当に恥ずかしく、情けない。インターネットで検索してはじめて、それが血液のがんであることを知った。

休日の病院はとても静かで、時間外入口から守衛さんの前を通って中へ入った。エレベーターが開いて、ちょうど帰るタイミングだった友達の両親と出くわした。友達のお母さんと会うのは確か2回目のはずだったけど、私のことをさらっとあだ名で呼んでくれていて、それがなんだか嬉しかった。

友達は思ったよりも元気そうで、医者から告知を受けるとき「これドラマとかコントで見るやつじゃんと思ってにやけてしまった」と言っていた。それを聞いて、あぁなんか、わかるなぁと思った。共感としてのわかるなぁではなくて、友達はそういう人なんだよなぁの意味でのわかるなぁ。

それから日々のなんでもないようなこと(即位の儀の日に大砲の轟音が病室まで聞こえたこと、お見舞いの品にしわしわのピカチュウを渡そうと思っていたが完売していたことなど)を話しているうちに病院の夕食の時間が近づいてきたので、まだまだ話し足りなかったけれどその場をあとにした。

翌日、友達から「早速ブログ登録したよ」とLINEがあった。暇で暇で仕方ないと言っていたので、ブログ始めてみたら?とおすすめしたのだった。本人に許可を貰ったので文末にリンクを貼っておきます。

ここでブログを紹介することで「少しでも友達の力になれたら」とか「一人でも多くの人に読んでもらいたい」みたいに思うのは傲慢なお節介でしかなくて、私にそんな影響力があるわけでもなく…ただなんだろう、初投稿の記事の最後に「外に接点ができたことで、何か面白いことがあるといいな〜」とあるのを読んで、URLを掲載するに至りました。

文章がおかしいな。書きながらも私自身、考えがまとまっていない。まとまるはずがないのです。お見舞いに行くことも、それを書くことも、ブログを紹介することも、全部が全部手探りだ。どうすることが正しいのかはわからない。というか、正しい・正しくないという話ではないのかもしれない。その辺本人の方がよっぽど俯瞰的に状況を受け入れていて、本当に、今人生何周目だよと思います。そんなことを考えながらも明日になればまた、ご飯を食べて電車に乗って仕事してジムに行って風呂に入って寝る。私には私の生活があって、友達には友達の生活が続いていく。

友達に対して何か特別なことはできないし、友達も多分そんなことは望んでいないと思うけれど、ん〜、なんだろう、これからも今まで通りよろしくね。友達の生活に何か面白いことがあるといいな〜